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海の武士道

11月8日(日)、中野サンプラザ・コスモホールにて、
「工藤俊作艦長」道徳授業普及推進会 発足記念講演会が開催され、
光栄にも、私が司会を務めさせていただいた。

講演会ではまず最初に

同僚の斎藤健夫県議が開会の挨拶をし、

続いて、

発起人代表として、上智大学名誉教授の渡部昇一先生が講演をされ、

その後、「工藤俊作艦長」の紹介映像を参加者全員で鑑賞。

次に、今回の「海の武士道」DVD Bookの作者であるジャーナリスト恵隆之介氏が講演。

15分の休憩後、

特別講演として、発起人副代表の田母神俊雄元航空幕僚長が話をされた。

最後の閉会は、軍事評論家としてご活躍の佐藤守氏が挨拶をされ、午後9時に講演会終了。

非常に中身の濃い3時間であり、私自身も講演後、しばらく気分が高揚したままだった。

さて、今回の講演会の主旨は、「工藤俊作艦長」が身をもって遺した武士道精神を多くの日本の子供たちに道徳の授業で学んでもらい、将来の心の糧としてもらいたいということである。
今の子供たちには、勇者のストーリーが不足していると感じるのは私だけではないはずだ。

さて、この感動ストーリーのあらすじは以下の通りである。

第二次世界大戦中、昭和17年3月2日、ジャワ海北方で哨戒行動中の日本海軍駆逐艦「雷」(いかづち)が、漂流していた英海軍将兵400余名を発見した。そこは、いつ敵の潜水艦に襲撃されるやも知れぬ危険海域であったにもかかわらず、艦長工藤俊作中佐は直ちに「敵兵を救助せよ!」と下令、「雷」乗員の殆どを救助活動に投入し、結局、日本人乗員220名の2倍近い漂流者422名全員を救助したのである。そして、救助後は自分達にとっても貴重であるはずの、衣服と食料を十分与え、ゲストとして接遇した。
工藤中佐は、戦中戦後とも、当たり前のことをしたまでと、この行為について一切語らず、昭和54年、77歳で静かにこの世を去った。

この美談が世に出たのは、当時、工藤中佐に命を救われ後に英国で外交官として活躍、サーの称号まで与えられたフォール卿が米海軍機関誌にこの体験を投稿したことによる。日本においても、アンビリバボーという番組で再現ビデオが放映され、多くの感動の涙を呼んだ。

今も、日本の教育界では戦後の自虐史観が蔓延しているのは否定できない。
そんな中、サーの称号を持つフォール卿という英国人から、武士道の実践を行った素晴らしき日本人の存在を教えられることは、ある意味、客観性に富み、教材としても優れているのではないだろうか。

詳細については是非、下記、HPを参照願いたい。

http://dotoku.info/

武士道1

武士道2

武士道4

武士道5




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