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イスラエル紀行(4)

4月18日 夕刻

聖地エルサレムに入る。

オリーブ山に登ると、ここからエルサレム旧市街を一望できる。

御承知の通り、エルサレムはユダヤ教、イスラム教、キリスト教、どの信者にとっても聖地であり、数千年にわたって、この街をめぐって多くの血が流されてきた。

世界の民族紛争、宗教紛争の原点と縮図がここにあると私は昔から思っており、生涯に一度はこの場所に来たいと思っていた。

エルサレム1


4月19日

この日は戦没者記念日である。

まず、ゲッセマネの園へ。
おそらくイエスの時代からあるのだろう、オリーブの巨木。ここをイエスは頻繁に訪れていたと言われる。

ゲッセマネ

そして、続いて、その横にある「万国民の教会」へ。
その中に、イエスが最後の夜を、祈りながら過ごした岩の一部が置かれている。
ところで、私がその岩に触ろうとしたら、韓国人巡礼者の一人から、帽子をとれ!と注意された。
(後述するが、逆に、「嘆きの壁」では、男性は帽子をかぶらないと中に入れない)

ゲッセマネ2

その後、

鶏鳴教会へ。

弟子のペテロが自分に罪が及ぶのを恐れ、イエスの予言通り、鶏が鳴く前に三度「イエスのことを知らない」と嘘をついた場所がここである。

鶏鳴1

この教会の脇の石段は、調査の結果2000年前のものと判定されている。(現在は立ち入り禁止)
即ち、この石段は間違いなくイエスが歩んだ道なのだ。

鶏鳴2

その後,

我々はバスに乗って移動。

そして、午前11時。長いサイレンが鳴る。

すると、何と、歩行者、公共バス、自動車、電車、その他すべての交通機関が停止。運転手は全員、外に出て、すべての国民が2分間の黙祷を、戦没者に捧げる。正に、感動的な光景である。日本ではありえないだろう。

サイレン


その後、ヤド・バシェム(ホロコースト歴史博物館)へ。ヤド・バシェムとは「記念と記憶」という意味。

御承知の通り、先の大戦で、ナチスにより600万人のユダヤ人が虐殺された。

広島とはまた別の意味で、人間の残虐性と人類の悲劇を思い知らされた。

そして、広い敷地内には、当時命のビザを発行してユダヤ人を救った杉原千畝のプレートがある。

ホロコースト1

ホロコースト2

その後

嘆きの壁へと向かうが、

以下は、次号で。
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