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イスラエル紀行(5)

4月19日 午後

いよいよ、あの有名な「嘆きの壁」に向かう。

バビロン捕囚から帰還したユダヤ人が建て、ヘロデ王が改修した神殿が、西暦70年、ローマ軍により破壊され、その時に部分的に残った神殿の西側の外壁が「嘆きの壁」、もしくは「西の壁」と呼ばれている。

まさに、ユダヤ教の聖地。

ここは、入口で荷物チェックがあり、祈る場所も男女別々で、圧倒的に男性側が広いスペースを占有している。
さらに、男性は帽子をかぶっていないと中に入れない。しかし、持ってない場合はキッパという小さな帽子(紙製)を入口で貸してくれる。

壁の石の隙間には、多くの巡礼者の願いを書いた紙が挟まっていた。

壁1

壁2

壁3

夜は、イスラエル国独立62周年祝賀式典へは人数の関係で、私自身は行けず、代わりに、各地で開催されている記念イベントの一つであるエルサレムフィルによるコンサートに赴いた。

コンサート



4月20日

イスラエル国独立62周年記念日

エルサレムの夜明け(下記写真)
こんなにも神々しいのはどうしてだろうか。

日の出

まず、ヘルツェルの丘へ。
ここは、昨晩、62周年独立祝賀式典が行われた場所であり、イスラエル建国の父と呼ばれるヘルツェルが眠っている。
また、暗殺されたラビン首相をはじめ、国に尽くした多くの政治家や兵士が眠っている象徴的な場所でもあり、
ここでは、我々はイスラエルのジャンヌダルクと呼ばれている「ハンナ・セネシュ」の墓にも黙祷をした。
ハンナはナチから同胞ユダヤ人を救出する極秘作戦に志願し、パラシュートでユーゴスラビアに降下、ハンガリーに潜入したが捕えられる。そして、獄中で数々の拷問を受けたが、最後までナチに屈することなく、23歳の短い生涯を終えた。

ヘルツェル1

ヘルツェル2

その後、我々は、イエスが十字架を背負って歩いた道「ヴィア・ドロローサ」を歩いた。
ヴィア・ドロローサとは「悲しみの道」という意味。
このあたりは当時も今も繁華街であり、イエスは大勢の大衆の目にさらされたのだろう。
最終地点である「聖墳墓教会」まで写真を羅列させていただく。
聖墳墓教会は、イエスが磔刑に処せられたゴルゴダの丘の上に建てられた教会。

イエス1

イエス2

イエス3

イエス4

イエス5

イエス6

イエス7

イエス8

イエス9

イエス10

この日の夕刻、

大統領官邸でのレセプションに参加するが、
詳細は次号へ。




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