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イスラエル紀行(8)

4月22日

マサダの砦へ向かう。

ローマ軍に追いつめられたユダヤ人が最後に籠城したのがマサダの砦。
1万人の兵士がマサダを取り囲んだが、それでも、抵抗は2年以上も続いた。

そして、西暦73年、女性子供を含む976人が自決し命を絶った。生存者は女性2人と子供5人。

その自決の様子は、ヨセフスの「ユダヤ戦記」に、こう書かれている。

・・・夫は妻と相抱擁し、子供を腕に抱きしめ、目に涙を一杯ためながら別れのキスをした。そして、敵の手によって苦しめられる悲惨さから解放しようと、男たちは自らの手で最愛の者たちを殺した。そして、彼らの中からクジで十人を選び、残りの者たちは妻子の脇に身を横たえ、彼らの上に腕をまわして、首だけ差し出した。選ばれた十人は恐れることなく使命を果たした後、再びクジで一人を選び、殺されていった。最後に残った一人は、宮殿に火をつけ、自らの剣を体に刺し貫いた。・・・

今も、ここで、イスラエル軍の入隊宣誓式が行われ、式の最後は「マサダは2度と陥落させない」という言葉で締めくくられる。

まさに、マサダの砦は、イスラエル防衛の精神的な支柱なのだ。

我々がロープウェイでマサダの砦に着いた時には、ちょうど12歳の女の子の成人式儀式が一族を集めて行われていた。

マサダ1

マサダ2

マサダ3

その後、

べソールという所にある、大きな溜池へ。

ユダの荒野といわれるイスラエルを開墾するには、水の確保は不可欠であり、この溜池の巨大さこそが水の確保対策に対するイスラエルの姿勢を示している。
ちなみに、写真にある人工池の下は、分厚いビニールシートで全体が敷き詰められている。

大池

その後、

初代首相ベングリオンの家と御墓へ。

ちょうど地元の小学生達が、授業の一環だろうか、遠足にきていて、先生たちの説明を受けていた。

ベングリオン家

ベングリオン家2

ベングリオン墓

その後、テルアビブへ移動。

その晩は、ホテルの会議室にて、アドモニ元モサッド長官夫妻、レブラン元将軍夫妻を招き、ブリーフィングと夕食会。
イスラエルの大物二人を交え、極めて有意義な話しができたと私は感無量であった。

また、下記写真で立ち上がっているのが、アドモニ氏夫人のニーナさんで、何と、杉原千畝氏の出したビザで命が助かった方である。ニーナさんが7歳の時であり、しばらく神戸に滞在していたらしい。

また、ブリーフィングの内容としては

例えば、核兵器の有無については、当然のごとく、「ノーコメント」との返答。

そして、やはり、昨今のイランの核開発などの拡張主義はイスラエルにとって最大の脅威であるとのこと。
日本と違って、イスラエルは常に相手を攻撃する用意がある、と。

また、イランの脅威と同様に、テロの脅威についても詳しく言及されていた。

ブリーフィング
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